再生医療
広島大学整形外科では骨、軟骨、骨格筋、腱、靱帯、神経といった身体の支持や運動を司る器官である「運動器」の再生治療開発の研究を行っています。特に軟骨再生の分野では世界に先駆けて組織工学的手法を用いた軟骨再生の臨床応用を行っています。越智学長が開発し、1996年(当時島根医科大学教授)に臨床応用を開始した自家培養軟骨移植は、少量の軟骨組織から軟骨細胞を分離し、ゲル状のアテロコラーゲンの中での三次元培養によって軟骨様組織を作製し、関節の軟骨欠損部へ移植する方法です。この治療法を広く普及させるために(株)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)に技術移転を行い、「自家培養軟骨ジャック®」として2013年4月には保険収載され、一般の保険診療で治療することが可能となりました。ジャック®は同じくJ-TECの自家培養表皮ジェイス®に次いで日本で2番目に保険収載された細胞加工製品です。また、培養表皮はアメリカで開発されたものであることから、ジャック®は日本で開発され、実用化に成功した初めての再生医療用の細胞加工製品と言えます。
さらに、広島大学整形外科では自家培養軟骨移植を越える、より体に優しく、効果の高い治療法の開発を目指して研究を行っています。新しい治療で用いるのは、骨髄中に存在し、軟骨も元になる間葉系幹細胞です。間葉系幹細胞は軟骨細胞に比べて培養での増幅率が格段に高く、培養軟骨移植よりも広範囲な軟骨欠損に応用できる可能性があります。さらに、間葉系幹細胞を培養・樹立するための骨髄液は外来での骨髄穿刺によって容易に採取できることから、自家培養軟骨移植のように軟骨採取時の手術は不要になります。関節軟骨欠損に対する骨髄間葉系幹細胞の移植治療はすでに10年以上前から脇谷教授(武庫川女子大学健康スポーツ科学部)によって行われており、その治療効果や安全性については実証済みです。脇谷教授が行ってきた方法では、自家培養軟骨移植と同様に細胞移植時に関節を大きく展開する必要がありましたが、広島大学整形外科での基礎研究で、従来の軟骨欠損への関節鏡を用いた治療(骨髄刺激法)に加えて間葉系幹細胞を関節内に注入するだけで、軟骨修復効果が促進されることが明らかとなりました。その後シンガポール大学のJames Hui教授によって、同様の方法で臨床研究が行われており、我が国でも広島大学、大阪大学、大阪市立大学、近畿大学、兵庫医科大学、奈良県立医科大学での多施設共同臨床研究として、本治療法を行っています。さらに、広島大学整形外科では越智学長が考案した磁気ターゲッティングという手法を用いた再生医療の研究を行っています。これはナノ粒子の鉄剤などで磁性化し体内に投与した細胞を体外からの磁場でコントロールして、必要な場所へと誘導・集積させる方法です。例えば、関節内に注射した細胞が関節全体に拡散するところを磁場によって軟骨欠損部へ集積させることで、治療効率を高めることができます。これまでに骨、軟骨、骨格筋、脊髄の再生に磁気ターゲッティングを応用した研究論文を発表しており、軟骨再生に関しては「再生医療の実現化ハイウェイ」に採択されています。臨床研究を終了し、今後は先進医療として治療を開始する予定です。